紀元前500年。
ピタゴラスの前に、弦みたいなモンが1本ありました。
弾くと、音が鳴ったんですって。
ピタゴラスは、過激数学オタク整数教団のCEOですので
これを数学的に理解しようとしていました。
弦をタップしてみて
ピタゴラスはまず、一番簡単なことを試しました。
弦の長さをちょうど半分にしました。
整数しか認めない数学A型気質なので、
きっと最初は2等分にしたはずです。
弦を半分にしてみたよ。タップして鳴らしてみて!
鳴らすと、さっきとすごく似た感じの音がしました。
これを1オクターブ上の音・・みたいな感じで定義しました。たぶん。
2等分の次にシンプルな分割は、3等分。
弦を3等分して、そのうち2つ分の長さを鳴らしてみました。
ピタゴラスが愛してやまない整数の比率 3:2 です。
鳴らすと、さっきとは違う音がしました。(ソ)
元の音(ド)と一緒に鳴らすと、なんか気持ちがいい!
2:3に分けた弦を鳴らしてみて
ピタゴラスは気づきました。
「2:3にすると、気持ちいい音が出る」
今の"ソ"を基準にして、もう一回2:3にしてみると
また新しい音が見つかった。
操作はたった2つ。
2:3にする。
短くなりすぎたら2倍にして戻す。
これだけ。
この操作を繰り返すだけで、新しい音がどんどん見つかる。やってみて
見つかった音と音の間に、勝手に整数比が現れている。
ある2つの音は 3:4 の関係でした。
別の2つはほぼ 4:5 でした。
ピタゴラスがやったのは「2:3にする」だけなのに。
整数が整数を呼んでいる。
ピタゴラスは確信しました。
宇宙は整数でできている!!! 音が証明している!!(ヒャッホォオオ!!)
どんどん音が増えていく。
8回、9回、10回、11回。
確実に、円が閉じようとしている。
あと1回で、最初の音に戻るはずだ。
五度圏を1音ずつ辿ってみて。12回目に注目
12回目。鳴らした。
最初の音と、一緒に鳴らしてみる。
・・・・近い。でも、同じじゃない。
めちゃくちゃ近いけど、微妙にうなる。ズレてる。
2:3を12回積み上げて、一周回ったはずだった。
でも、戻ってこなかった。
整数比を積み上げたのに、整数では閉じない。
2000年、誰もこの問題に触れなかった。
ピタゴラスが隠したズレは、ずっとそこにあった。
音楽家たちは知っていました。
でも誰も根本的には解決できていませんでした。
ピタゴラスの純正律は美しい。一つの調の中では。
整数比そのままだから、和音が澄んでいます。
うなりがない。倍音が完璧に重なる。
でも、調を変えると微妙に壊れる。
ハ長調で綺麗に合わせた音は、ニ長調では濁ってしまう。
調の数だけ調律が必要でした。
調を変えて聴き比べてみて
純正律と平均律を聴き比べてみて
・・・ほぼ区別付かないんです。
ただし、4オクターブくらい上にいくと
音1つ分くらいズレてしまうんです。
だから両手を広げてピアノを弾くと 音痴楽曲になってしまうのです。
バッハの要求はシンプルでした。
「全部の調で弾きたい!」
24の調すべてで、自由に転調したい。
でも当時の調律では不可能でした。
1年は365日です。
月の長さがバラバラなのは、天文学的な理由があります。
でも、もし誰かが
「1ヶ月30.43日でよくないすか?」と言ったらどうなるか。
カレンダーはすっきりする。どの月から数えても同じ。便利。
でも月の満ち欠けとはズレちゃう。
自然との対応を犠牲にして、運用の便利さを取る。
自然な暦と均等な暦を比較してみて
バッハがやったのは、この単純化とほぼ同じです。
ピタゴラスの作ったカレンダーを無理やりキレイに循環させたんです。
ピタゴラスは完璧を求めて、不都合な真実に蓋をした。
バッハは完璧を諦めて、全ての調を手に入れた。
でも、ズレは消えていない。
純正律と平均律。
どっちが正しいのか。
実はどっちも正しくないんです。
純正律は「自然に近い」。でも転調すると壊れる。
平均律は「便利」。でも全部の音程が実はちょっとズレている。
どっちも正しくないと言うか、正しいがないんです。
何を犠牲にするかの選択があるだけ。
実はピタゴラスの方法を12回じゃなくてもっと続けると、
もっと「ほぼ」戻ってくるポイントがある。
53回だと、12回よりずっと近い。
665回だとさらに近い。
15601回だともっと。
でも「ぴったり」は永遠に来ない。
ズレは 23.46¢ から始まって、
限りなくゼロに近づくけど、決してゼロにならない。
元のドと12回積んだドを聴き比べてみて。「同時」で波形が見える
「次へ」で回数を増やしてみて。ズレがどんどん小さくなる
15601回積んで得られるズレは、
人間の耳には聴こえないほど小さい。
でもまだゼロじゃない。
近づけば近づくほど、
次に近づくために必要な回数が爆発的に増える。
そしてゼロには永遠にたどり着かない。
円環は閉じない。
5度を積んでもオクターブに戻らない。
√2が整数の比で表せない。
根っこは同じ。
整数の世界は、完璧な円すら描けない。
バッハのおかげで
曲に応じてピアノを用意しなくてもいいのだから
素晴らしいことだとおもう。
音楽をポータブル化した、とも言えるのかもしれない!
ピタゴラスに怒られそうなことをする。
ピタゴラスが弦を2:3に分けたあの日から、
人類は2500年間ずっと整数の世界にいた。
純正律も平均律も、
議論はすべて「整数比の中でどうやりくりするか」。
整数では完璧な円を描けない。
じゃあ、完璧な円を描ける数は?
3|
円周の長さ÷直径。
円の定義そのもの。
もうひとつ、整数では表せない数がある。
2|
利息が利息を生む速度。
細胞が分裂する速度。
あらゆる「成長」の根っこに現れる数。
彼は整数を愛していた。
√2を発見した弟子を殺すほどのA型気質。
でも、もし彼が現代に降り立って、
2500年分の数学を学んだら。
きっと1週間ほど泣き喚き、
声にならない声で叫び続け
8日くらいたったところで
すごいスピードでなにかを学び
eを知り、πを知り、超越数の存在を知り
なんか色々暇になったところで
きっと弦を1:πで分けてみる。
1:eでも試す。e:πも試す。
ちなみに、πで積んでも、eで積んでも、帰ってこない。
循環しない。
でもそれは整数比だって同じ。
12回でも53回でも15601回でも、ぴったりには戻らなかった。
戻ってこないなら、戻ってこなくていい。
さまよう方が自然。
2000年後に誰かに平均律にさせればいい。
近くなってりゃそれでいい、としておきましょう。
eにも弦を渡してみる。
第4章では、πやeで弦を割るアイデアを話しました。
じゃあ実際にやってみましょう。
ピタゴラスのやり方を思い出してください。
2:3にして、また2:3にして、また2:3にして。
この「積む」操作の結果として、12音が見つかった。
じゃあ、eでも積んでみたら?
eを1回積む。531セント。新しい音が1個見つかる。
eを2回積む。また新しい音。
eを3回、4回、5回・・・
8回積んだところで、最初の音の「ほぼ近く」に戻ってくる。
9回目で、ほぼ一周。
ピタゴラスは12回で「ほぼ」戻った。
eは9回で「ほぼ」戻る。
eを1つずつ積んで、9音のスケールを作ってみて
ピタゴラスの「完全5度」は、弦を2:3にしたときの音。
気持ちいい。なぜなら弦の倍音が重なるから。
これが音楽の最も基本的な関係になった。ドとソ。
eを1回積んだ先の音。531セント。
12平均律で言うと、完全4度と完全5度のちょうど間くらい。
どっちでもない場所。
人類がこの音を聴くのは、多分初めて。
こんな音が気持ちいいのかどうかは、まだわからない。
ピタゴラスの5度とeの5度を聴き比べてみて
ピタゴラスの五度圏。
C → G → D → A → E → B → F# → C# → G# → D# → A# → F → C。
5度を積むと全12音を巡って戻ってくる(ほぼ)。
これが音楽理論の地図。
eの度圏。
e₀ → e₁ → e₂ → e₃ → e₄ → e₅ → e₆ → e₇ → e₈。
9つの音を巡って戻ってくる(ほぼ)。
12音の地図と同じように、9音の地図ができる。
eとπの度圏を1音ずつ辿ってみて。切り替えて比較できる
積んだ音を、均等に割ってスケールにしてみる。
バッハがピタゴラスの12音にやったのと同じこと。
超越数で作ったスケールを聴いてみて
整数の倍音で音楽を作ると、
倍音が重なるペアと重ならないペアがある。
重なる = 協和。重ならない = 不協和。
これが2500年間の音楽の基本ルール。
eの倍音同士は、永遠に重ならない。
eは超越数だから。
つまりeの世界では、協和と不協和の区別が消滅する。
じゃあ何で音楽を作るのか。
近い音を重ねると、振動がぶつかってうなる。緊張。
離れた音を重ねると、うなりが消える。安定。
密集 → 開放。これがeの「解決」。
密集と開放を体感してみて
ジャジャジャジャーン。
ソソソミ♭。誰でも知ってる。
eの世界で同じ動機を弾くと、e₆ e₆ e₆ e₄。
12平均律の短3度(300セント)が、eでは275セント。
少し狭い。少し切迫している。
知ってるメロディが、知らない感情を呼ぶ。
12平均律・π律・e律で運命を聴き比べてみて
3:2が気持ちよく感じるのは、人間の耳の構造。
これは、ピタゴラスがいなくても変わらない。
でも「3:2の世界だけが音楽」と決めたのは、
ピタゴラスの思想。
耳の構造は変えられないけど、なにか発見があるかも?って思って
1ヶ月近くさわってみてるけど
特になにもみつけられていません。